聚遠亭(しゅうえんてい)は龍野藩主脇坂氏の上屋敷跡にある歴史的建造物および庭園で紅葉の名所として有名です。

庭園から龍野城城下町越しに淡路島や瀬戸内海の島々を望める展望絶景をたたえて「聚遠亭」という名が付きました。

「茶室」は、安政年間(1854~1859)龍野藩主脇坂安宅公が京都所司代の職にあって御所が炎上した際、その復興に功績があったので、孝明天皇から茶室を賜り、心字池上に浮堂として移築したものといい伝えられ、庭園、池、杉垣などと調和し、桃山時代の書院造を模した風雅な数寄屋風の建築物です。

「楽庵」は、昭和58年ヒガシマル醤油株式会社の寄贈により利休居士十五世裏千家鵬雲斎千宗室御家元の御指導と御命名を頂き完成しました。間取りは八畳、六畳の広間と四畳の鞘の間を持つ本格的な広間の茶室です。

「御涼所(おすずみしょ)」は、藩主脇坂家の御涼所で質素勤倹の風のなかにも雅味のある接客、居住部門などの間取りや、意匠と構造に特徴があり、また床下の抜け穴等にも当時の面影を残しています。

茶室前の池のほとりには、龍野が生んだ詩人、三木露風の「ふるさと」の詩碑や、井原西鶴の句碑等が建っています。

聚遠亭
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